2010年10月20日水曜日

モリコロパークに行ってきた。

五年前の愛知万博には一度しか行っていません。

かつて会場であったモリコロパーク(愛・地球博記念公園・旧青少年公園)を訪れたのはその万博入場いらいです。ざっと散歩しましたが、平日ということもあり、「サツキとメイの家」や子供達が遊ぶ広場などなどを除いては閑散としており、最後に寄った万博記念館では自分達しか入場者はいませんでした。しかしその展示を観るにつけ、五年前のあの記憶が蘇り、またそれが既に無いものである事を噛み締めました。
パビリオンも様々な設備も今は無いけれども、それに関わった人々の思いというものが各人の中に刻まれているだろう事を想像しながら展示に見入ります。

人ごみは苦手です。が、色々な国や人がこう見せたいと思い、設えた表現をもっと観ておけば良かったな、とちょっぴり残念に思ったのです。

万博に限らず、腹黒い政治的な思惑とは異なるレイヤーで、ナショナルなものを蓄えた人びとが接する事でインタナショナルな繋がりができる。互いの敬意と平和への希求、賢さへの探求。国際交流のあるべきありさまは、そういったところなのだろうか、、などと、コスモス畑や広場で遊ぶ沢山の子供たちを見ながら、そんな事を考えて歩いたのでした。

2010年10月19日火曜日

立場のちがい

最近望ましくない展開で事が進んでしまった。これは今に始まった事ではない。

双方で合意がなされないまま年月が過ぎて出来た、意見のギャップというものが現時点に確かにある。
合意をはかる機会を持ちたいと私たちは常々思っている。この長い歴史のモヤモヤをどこかで断ち切りたいし、それは可能だと確信している。

ただ、その機会をまだ持てていないので、たがいにそれぞれの立場を語る他はないのもまた事実だ。これは好ましくない面もある。

しかし、その中で、少しずつ変化も起こっていて、その行方を見守りながら、私たちもより良い表現を探っている。

2010年10月11日月曜日

壊された井戸のポンプ

先月、地元の有志の方々が協力して境内に井戸を掘り、その水を毎日12時間、電動ポンプで汲み上げて池に給水を続けておりました。自然の雨と合わせてだいぶ水位が上がってきていたし、水も澄み始めてきました。

今朝、お参りの方が知らせてくれて、現場に駆けつけるとポンプの水の出るところに繋がれていたパイプが根元から折られ、そこから水が出続けて周りはビタビタになっていました。

敬虔にお参りする人や、奉仕で掃除をしたりする人がいるかたわらで、ごく少数ではありますが、ものを壊す人、賽銭や寺の什物を盗む人、飲み食いしてそのゴミを捨てて行く人などがいます。さらに野良猫のフン、食い散らかした餌や放置されたそのゴミ・・
当山は参拝のために24時間出入り自由な寺です。ですがわざわざ寺の土地に入ってきてこういう事をする人がいるのは悲しいことです。

世情が悪くなって、人心が荒みやすい時代だとしても、自分を幸せに生かしていくのは他ならぬ自分でしかないのですが、、
溜息が出ます。

(追記14:29)当該箇所は、本日修理していただきました。